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黒部源流を訪ね《赤木沢》を遡行する

山行日 8月11日(土)~14日(水)、8月10日前夜発
参加者 山下正野(係)、熊谷L、斎藤SL、元木(記録)
不安定な天候が続く中、たった一日だけ訪れた《想定外の快晴》にパワーを貰い、一気に「赤木沢」を遡行してきました。渓流の美しさは言うに及びませんが、最初の一滴が“ポトリ”と落ちてくる先に広がる雪渓とお花畑の美しさは、まさに「天上の楽園」そのもの・・・、とても言葉や写真だけではお伝えできないのが残念です。
 

中俣乗越の直下に広がる雪渓、まわりは一面のお花畑。
まさに、「天上の楽園」と云う言葉がぴったりだ。
赤木沢はこの雪渓の一滴から始まるのだ!
 

7月11日(土) 前夜は道の駅「奥飛騨温泉郷上宝」の駐車場にテントを張り4時間ほど仮眠。国道をひっきりなしに通過する車と駐車場に出入りする車の騒音で眠れず。
有峰湖へのルート探しに手間取り、折立到着は9:20になってしまった。既に駐車場は満杯となり道路の片側にずらっと駐車している。登山口からは少し遠いが、手頃な空き地がありそこに駐車する。

登山口を9:45に出発する。
予報通り厚い雲が空を覆い、青空は望めそうにもない。
先ずは太郎平小屋まで980mの登りだ!
13:11
太郎兵衛平の稜線が見えてきた。
薬師方向は雲に隠れて見えない・・・!
16:15 薬師沢小屋に着く!
天候の悪化でだいぶキャンセルが出たようだ。お陰様で3枚の布団を確保できた。
沢に張り出したテラスで、作戦会議を開き、明日、天候が良い場合は黒部源流の遡行は後回しにし、赤木沢遡行を優先することに決定した。
 

  7月12日(日)  目覚めると晴れているではないか・・・。ほんとうに山の天気は分からないものだ! 暗かった谷間が徐々に明るくなってくる。
6:16 薬師沢小屋のテラスからハシゴで河原に下る。
赤木沢の出合までは黒部川本流を遡行する。

6:51
何回か腰近くまで浸かりながら、黒部川本流の徒渉を繰り返す・・・。
水温はそれほど低いとは思わないが、やはり体が冷えてくる。
7:33
朝の遅い黒部の谷間もすっかり明るくなってきた。
赤木沢出合付近の黒部川本流、巨大な岩の芸術作品が並ぶ!
「自然の力の何と偉大なことか・・・」
 
赤木沢出合まではアト僅かだ!
8:05
後方に見える棚滝は黒部川本流の〈ミニナイアガラ〉
ここで赤木沢は黒部川本流に合流すのだ!
いよいよ赤木沢に入る!
美しい階段状のナメ滝、青い空に思わず・・・、
『バンザイ』
 
8:22
泡立つ滝の水しぶきが眩しい!
山の緑、青い空・・・、奇麗すぎるね!
階段状のナメ滝が次々に現れる・・・!
水しぶきを浴びながら、赤茶色の岩を慎重に踏みしめながら登る。
8:37
10mを超える滝・・・!
ここは左側の草付斜面を迂回する。
9:59
振り返ると、水晶岳の雄姿が・・・!
10:17
赤木沢最大の滝「大滝」
高さは30m、水量は思ったほど多くはない。
 
右側の崖を髙巻きすることにした。
木の根を掴みながらの登り・・・、『結構キツイこと・・・!』
10:31
二股を過ぎ、中俣乗越をめざし左の沢を登る。
さすがに水量も僅かとなってきた・・・!
11:38
中俣乗越の稜線も見えてきた。
いよいよ遡行も終わりだ・・・!
この雪渓から落ちる一滴のしずくが赤木沢の源だ・・・。
11:42
雪渓の周囲は見渡す限りのお花畑だ!
まさに、「天上の楽園」と云う言葉がぴったりだ。
花を踏まずに歩くことが出来ないほど・・・、花に「御免なさい・・・」と云いながら、お花畑を登る。
11:45
中俣乗越に着く!
薬師沢小屋を出てから、約5時間30分
目の前に、薬師岳・雲の平・赤牛岳・水晶岳・鷲羽岳がパノラマのように展開する。
14:18
黒部五郎山頂
素晴らしい展望を独り占め・・・!
薬師→→赤牛→水晶→ワリモ→鷲羽→三俣蓮華→双六→抜戸→笠ヶ岳
そして、遠く剣・立山・奥穂も雲の切れ目から見ることが出来た。
14:21
黒部五郎山頂から北ノ俣・太郎山方向を見る
15:36
稜線ルートから黒部五郎を振り返る。
16:37 黒部五郎小舎着
外のテーブルで薬師岳や笠ヶ岳を眺めながら、「赤木沢遡行完遂」に乾杯・・・!
 


8月13日(月)今日は朝から雨! 

どうも止む気配はない。 ガスと細い雨で視界が悪く、周囲の山々はまったく見えない。

当初計画していた、 ①三俣蓮華→黒部源流→黒部川本流→薬師沢小屋→太郎平小屋  ②五郎沢下降→黒部本流→薬師沢小屋→太郎平小屋の何れの案も増水時の危険性を考え中止し、黒部五郎岳~北ノ俣岳~太郎平と尾根を歩き、折立まで下りることに決定した。黒部五郎小舎から折立までは約17k、9時間余り・・・。

昨日、赤木沢遡行をやっておいて良かったと、改めてリーダーの判断に一同感謝・・・!

 


6:16
雨の中黒部五郎小舎を出発
11:15
強風と雨に悩まされながら、北ノ俣岳山頂へ!
ご覧のように「視界」は全くない。

12:06

チングルマも十分な水分を貰い、活き活きと・・・!

14:20
太郎平からの下り、展望台付近ベンチで
雨もすっかり上がり、周囲の山々も少しずつ見えてくる。
アト一時間半で登山口だ!
15:48
一同、無事登山口へ。
そして、天候もすっかり回復・・・。
「まぁ、ともかくお疲れ様でした!」
 

今回は生憎と天候に恵まれず、黒部源流までの遡行と五郎沢の下降は諦めざるを得なかったが、その分、赤木沢遡行では全ての《運》を呼び寄せたようだ。ナメ滝・小滝の連続、やがて広がる雪渓とお花畑は、まさに「天上の楽園」に相応しい。
スポトライトに照らされた、晴れ舞台のようだ・・・!
もう何も言うことはない!                          Motoki
 

(参 考)
〇コースタイム
8/10 八王子西IC 21:00⇒松本IC 23:15⇒安房トンネル⇒道の駅「上宝」1:05
8/11 道の駅「上宝」7:00⇒折立9:2→登山口9:47→三角点11:20→展望台12:12→太郎平小屋(昼食)13:50~14:15→薬師沢小屋16:17
8/12  薬師沢小屋6:16→赤木沢出合7:33~8:05→大滝9:52→二股10:23→雪渓11:38→中俣稜線11:45~12:15(昼食)→黒部五郎14:18~14:28→黒部五郎小舎16:37
8/13  黒部五郎小舎6:16→黒部五郎分岐8:23→中俣乗越9:32→北ノ俣岳山頂11:15→太郎平小屋(昼食)12:30~13:10→登山口15:48→駐車場16:25→道の駅上宝17:40
8/14 奥飛騨温泉郷上宝7:10⇒平湯9:10⇒松本IC 10:15⇒八王子西IC 12:20⇒八王子12:50
〇概算費用 
・有料道路料金 10,100円/4人=2,500円 (八王子西IC⇔松本IC、安房 、有峰林道)、全走行距離 750km    
・山小屋 9,000円×2泊=18,000円/人
 
 
 
 

暑気払い・バーベキュー大会を盛大に開催しました

8月26日(日)毎年恒例の暑気払い、バーベキュー大会を裏高尾にある当会及び新八王子山の会共同所有の山荘にて今までにない参加者をもって盛大に開催されました。この行事は各自夏山を楽しみ、無事終えたことへの感謝、会友を含め全会員が山荘に集いバーベキューを楽しみながら暑気払いをし、会員総合の懇親会を実施することにあります。又内容としては山荘整備もし、会所有の火器類、テント、ロープ、ビーコンなどの点検、正しい使用法の指導、オークションなど多岐にわたりますが天候にも恵まれ楽しく有意義に予定より1時間もオーバーするほどの盛況ぶりでした。準備を段取り良く熱意をもって取り仕切った山下副会長、大久保さんをはじめ買い物準備や装備運搬、当日の差し入れなど多くの協力者に感謝いたします。

 午前8時前には集合、すぐ山荘整備後池本氏講師の火器(ピークワン)の正しい使用法、注意事項など実際に点火、点検も含めて行いました

会には現在9張のテントがあります。いつも点検そして万全にしておくことが大切です。

なかなか機会がないので今回を利用、点検実際に張ってみます。

 ロープ点検、キズなどの損傷はもちろん長さの確認もしっかりと点検しておく必要があります。
 雪山用ですがビーコンの使い方は何と言っても慣れ、それ以外ありません
 実際に使用となると、各班苦労しています。
 8月の第2山話会を同時にします
 いよいよバーべキュー開会、会長挨拶後、会友の鳥山氏、阿部氏、井上氏が参加代表して荒川区から駆け付けた鳥山氏が当時の思い出をちょっぴり披露しました。
 乾杯は会員の中で最年長者でありながらも海外のトレッキングを含め山行もし会活動にも協力的な、前波氏により乾杯!

 自由歓談、生ビールが出ます!出ます・・、今回は会員のお子様も4名参加、みんなに可愛がってもらいました。元気をいただきます。

 ソーメン流しは長門副会長の担当だ、用意したソーメンはすっかりたいらげました

 副会長の閉会、8時から4時まで楽しい有意義な時間でした。

参加者の健康と良き山行ができますよう・・・・・・・・。

 会員会友38名参加、子ども4名参加

来年も今回以上に美味しい上質の焼肉と生ビールをたっぷり用意して実施します。

  これからも引き続き会活動の協力、不満を言わない積極的な参加をお願いします。

 この夏多くの会員が北アルプス、南アルプス、東北の山や沢登、そして海外のトレッキングを楽しんだパーティもいます。何の事故もトラブルもなく夏が終わろうとしています。しかしいつも油断は禁物、適度の緊張感をもって山行を続けていきましょう。私自身も7月利尻、礼文島の山、東北の栗駒山、8月は黒部源流、赤木沢を気の合った仲間と十分に楽しむことができました。9月からは10月遭対講演会、11月実施の遭難対策研修の準備に入ります。又「お楽しみ山行」「忘年山行」など会の重要行事も目白押しです。大いに楽しみましょう。

 尚今回は大盛況でした暑気払い、バーベキューですが、 消費した生ビール、30リッター他日本酒、焼酎、健康酒など、上質の肉7キロは担当が特製たれで浸け込みソーセージ3キロ他魚、野菜など多数すべて完食、会員全てが健康でこれからも8月の終わりに山荘に集い、健康を喜び山での思い出を共有し、懇親を深められるよう会として確実に実行していきます。                  会長  熊谷 博

クマザサと針葉樹に覆われた「安平路山」へ

梅雨明けも間近い715日~16日に天候の回復を祈りながら中央アルプス南端に位置する「安平路山」(標高2,363m)に登ってきました。
ロープゲートを出発して摺古木山に着く頃までは時々薄日が差すこともありましたが、それ以降は下山するまで二日間共、ほぼガスと細い雨が降る生憎のお天気の中、針葉樹林とクマザサに覆われた登山道を、ヤブ漕ぎとルートファイディングにかなりの精力を費やしながら歩くことになりました。今回の山行ではあえてGPSは一切使わず、地図と磁石と高度計それに《カン》だけを頼りに登りましたが、全く問題なく無事下山することが出来ました。
残念であったことは、天候に恵まれず恵那山・御嶽山・乗鞍岳・北アルプス・中央アルプスなどの展望はもとより、安平路山自体をまともに見ることが出来なかったことでしょうか。それでも、クマザサと針葉樹林に覆われ「山深い」と云う表現がぴったりの山旅をゆっくりと楽しめた二日間でした。
今にも降って来そうなどんよりとした雲行きのなか、10:00林道ゲート(ロープ)を出発する。
ここから摺古木自然園休憩舎まで約6.5kmの林道歩きだ・・・!
林道は梅雨の大雨の影響か所々で法面の崩壊した個所や道が浸食された個所もあるが、そうした箇所を除けば走れないこともないように思う。ただし、RV車などでないと難しいだろう・・・。
長い林道を淡々と歩くこと2時間余り、ようやく摺古木自然園休憩舎に到着。
休憩舎には5人パティ―が先着していて、ちょうど下山するところであった。
今回の山行で出会った唯一のパティ―の方に記念写真を撮って頂く。自身が写っているのはこの1枚のみだ。
摺古木自然園休憩舎で昼食をとり、ヤブ漕ぎ対策としてスパッツと雨具を付け、12:40に出発する。
この頃までは時々薄日が差す状態であったが、雲行きがだんだんと怪しくなり、急ぎ摺古木山を目指す。
写真は登山道から見た摺古木山
摺古木山までの登山道は笹が刈られ、歩きやすく良く整備されていた。
摺古木山(本岳)2,168mには14:30に着いたが、山頂はガスが出始めて目の前にあるはずの白ビソ山を見ることも出来なかった。
晴れてれば、御嶽山・乗鞍岳が見えるのだが・・・
摺古木山を過ぎると登山道はクマザサに覆われ、ルートファイディングが仕事となる。その上、密集した笹で地面が全く見えないため段差や木の根、倒木などに足を取られないように、慎重に足を運びながら白ビソ山への道を登る。
僅かにクマザサが窪んだところが登山道
白ビソ山への登りは濃いガスと細い雨に視界を阻まれたうえ、倒木が登山道を覆い隠し、安平路山の難しさを実感した。
白ビソ山の山頂付近は文字通り白ビソに覆われた平坦な地形で、辺りは濃いガスに覆われ、視界は数十メートル程度であった。
倒木にくくりつけられた「白ビソ山頂上」という小さな標識を目にしなかったら、頂上を確認できなかったと思う。
白ビソ山を下り始めた頃からガスが少し薄くなり、視界も良くなる。やがて、安平路山避難小屋の屋根が樹林越に見え隠れし、ようやくホッとする。
16:30に安平路避難小屋に着く
1716 4:50
相変わらずのガスと細い雨のなか安平路山をめざし、に避難小屋を出発。
ほんの一瞬だが安平路山が姿を見せる。
安平路山は針葉樹林で覆われ、登山道は胸くらいまでクマザサが生い繁り、ルート確認はさらに慎重を要した。
5:43 安平路山頂着
山頂は針葉樹林に囲まれ、濃いガスと細い雨で全く視界はない。
標識から離れたところに、笹に隠れるように3等三角点があった。
9:05 摺古木展望台着
摺古木展望台に着く頃には雨も上がり、少しずつガスも晴れてくる。
摺古木展望台ルートで見かけた、ハクサン石楠花! 奇跡的に数輪だけが咲いていた。
あと少しで「摺古木自然園休憩舎」だ!
雨上がりの登山道・・・、水音が辺りに響き、鳥たちのさえずり声が心地よい。
10:25摺古木自然園休憩舎着
[参考]
○ コースタイム
○ 7/15高尾IC6:15⇒飯田IC8:53⇒飯田峠⇒大平宿9:45⇒林道ロープゲート9:50~10:00→摺古木自然園休憩舎12:10~12:30→摺古木山14:30~14:35→白ビソ山15:40~15:45→安平路避難小屋16:30
○ 7/16 安平路避難小屋4:30→安平路山5:43~5:50→安平路避難小屋6:30~7:00→白ビソ山7:40→摺古木展望台9:05~9:15→摺古木自然園休憩舎10:25~11:03→ロープゲート12:17~12:37→大平宿12:49~13:20→飯田IC→八王子17:20
○ 概算費用
・高速代 10,100円(高尾IC⇔飯田IC)、(全走行距離 530km)     y.motoki

 

花の栗駒山と南三陸町の旅

 はじめに 

2005年2月、上越地方は「18年豪雪」と命名され「38年豪雪」以来43年ぶりの大雪に見舞われました。前年に起きた大地震で家々が傾き、その上に大雪が積もったのである。家屋の倒壊を少しでも防ぐべく八王子山の会の有志須永、佐藤、唐木、久保田、そして私の男子5名、堀、高橋の女子2名は、雪下ろし隊を結成。数メートルの雪と格闘していました。 雪下ろし作業は、雪の処理に慣れていることはもちろん、雪中での生活においても自己完結が要求されます。この時は、ボランティアセンターに常駐していた私の友人の依頼を受けて参加しました。 昨年の東日本大震災、今度は佐藤氏の縁で5月、5日間という短い日にちでしたが自己完結のもと、佐藤、浅井、元木、内田(佐藤友人)、武藤の各氏と私の6名でボランテァ活動に参加しました。 微々たる活動ではありますが、山を愛するものとして、海も里も野山の草木1本とて大自然の構成物であり広義の山岳自然保護活動として私はとらえている。50年続く会の責任者として、できることもせずにただ指をくわえて見ているわけにはいきません。当会創立者の城所会長、2代目遠藤会長の思いも「立派な社会人、人格者を育成・・」と会
の目的にもあったはずであります。

 今年6月、遅々として進まぬ復興が気になり、再訪するべく佐藤氏と相談、二つ返事でOK。企画し実施していただいたことに感謝したい。  会長 熊谷 博


栗駒山、雲上の稜線へ。

 

 

 7月20日から23日まで、花の名山栗駒山に登り、その後被災地の南三陸町を訪ねた。クルーは6人。そのうち3名は、昨年5月にボランティアに駆けつけたメンバーである。今回はボランティア活動ではないが、被災地の宿に泊まり、被災地でお土産を買い、知り合いを訪ねて耳を傾けつつ、ささやかながら復興の後押しをしようという思いが結集したものだった。 往路は、新宿から夜行バスに揺られて行った。絶えざるエンジン音と振動でまんじりともせず、一関に着いたのは午前6時半ころで、朝の駅は閑散としていた。駅構内で朝食をとりつつレンタカーがオープンするのを待ち、総勢6名がワンボックスカーに納まったのは九時ころであったか。高速バスに比し豪華といって良い快適な車内は明るい笑い声に包まれ、栗駒山へと向かった。どんよりとした空である。この日は無理をせず身体慣らしにと麓にある「世界谷地湿性植物園」をトレッキング。湿原にも山にも色鮮やかな高山植物が輝いていて一同歓声をあげたものだ。辟易するほど花の写真を満載して、 楽しくもほろ苦い旅を思い出しつつ振り返ってみたい。熊谷会長はじめ同行した仲間に深く感謝申し上げます。(写真をクリックすると拡大します。周りを再度クリックすると元に戻ります)  (佐藤)   

 

世界谷地は第一湿原と第二湿原とがあり、尾瀬のように木道 が伸びていて、黄色いキンコウカの群落が清楚な風情を漂わせていた。栗駒山は厚い雲に閉ざされていたが、時おり、雲が上下して麓に伸びる長い稜線を覗かせてくれた。

 
 キンコウカ。
 
 ウツボグサ、色が鮮やかです。

トキソウ。
 
 第一湿原で。6月のニッコウキスゲやミズバショウの開花時にはさぞやと思わせる。
 
 タマガワ(玉川)ホトトギス。薄暗い樹下のそちこちに咲いていて、日本ミツバチが飛び交っていた。
 
 ヤマアジサイ。なんとも色鮮やかなブルー。
 
 栗駒山の麓一体は耕英地区と呼ばれ、宿に向かう途中に廃校となった分校を訪ねた。校舎はガランとしていたが、教室の張り紙や額はそのままだった。子供たちの声は聞こえず、馬とびのある校庭は夏草が生い茂るにまかせていた。
 
校庭の 桜樹の根元にヤマアジサイがひっそりと咲き誇っていた
 
“くりこま荘” での一夜。大ぶりのイワナ一匹がまるごと入った骨酒は酌めど尽きない甘露であった。味噌仕立てのイワナはまた絶品である。
 
宿の 神棚に祀る御幣。東北の人たちは神様にも丁寧なのですね。
 
 翌朝、山崩れの見える方へと歩いて行った。近づくにつれその規模の大きさに圧倒されつつシャッターを切った。目を転じればいたるところに山肌を露わにした崖地が見える。この土砂の下に旅館一軒が飲み込まれたのです。東北大震災の二年前のことでした。われわれの投宿した宿は、ここからいくらも離れていなかったが、大きな被害は免れたそうです。
 
“ 岩手・宮城内陸地震”の鎮魂の碑はま新しかった。
 
 宿を出て“いわかがみ平”駐車場まで車で行き、いよいよ栗駒山の登山が始まった。登りは中央コースをとったが薄暗い曇天であった。道のそばにはさまざまな花が咲いて絶えず目を楽しませてくれた。
 
 両方ともヒナザクラでしょうか?
 
 宴のあと?
 
 「これはなに?」と仲間が立ち止まった。ギンリョウソウが厚い腐葉土を押しのけて頭をもち上げていた。頭上はこのころから青空となり、太陽の日差しが熱くなった。雲の上に抜け出ました。
 
 稜線に出て一休み。まわりは低木となり、雄大な栗駒山が広がっていた。なんと素晴らしいことか!
 
 栗駒山。頂上へは右の稜線沿いを歩きます。
 
 ハクサンチドリ。
 

 これはなんという花か?日本ミツバチが忙しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  栗駒山頂上。

 
 花を求めて、あの雪田に近づきたいと稜線をたどったが無理だった。
 
 石楠花が陽を浴びている。
 
 これもハクサン石楠花か。
 
 左の登山道をたどり右下へ下ると秋田県の須川温泉方面に行き着く。雲の上遥か遠くに鳥海山が見えた。
 
 ヒナザクラの一種でしょうか、 懸命に咲く姿がまぶしい。
 
 ノアザミに蝶が群れていた。
 
 これはなんと言ったか?シシウドよりも小ぶりです。
 
 そここにウラジロヨウラクが。
 
帰りは東栗駒コースを下った。雪が消えて直ぐに咲き出したのだろうか。周辺にはたくさんの花が陽をあびていた。これもヒナザクラの一種で。

コイワカガミの群落が。

 

 
 イワイチョウでしょうか。
 
ヤマリンドウが淡い色でした。 
 

 アオノツガザクラ。雪田周辺に見られる代表的なもの一つです

 
 ワタスゲが風に吹かれています。風に乗って遠くへと種子を飛ばすのでしょう。
 
 栗駒山を振り返る。
 
 東栗駒山頂で。涼しい風が吹き渡っていた。
 
 東栗駒コースは一度だけこのような流れを渡る。やがて、登山口に戻った。
 
 楽しかった栗駒山を後にして、車は一関に出、一関街道から本吉街道へと一路志津川湾を目指した(約二時間半)。静かな山間の道を行くと、突如、風景が一変して息をのんだ。杉並が茶色に変色している。あそこまで津波が押し寄せたのだとはっきりと分かる。家並みは消えてしまい、コンクリートの土台のみが続いていた。ここに家が建っていたと、夏草や場違いの花が風に揺れて誰に言うともなく話しているのだった。きっと庭先で咲いていたものであろう。途中、歌津地区の復興市場を見つけたので立ち寄った。仲間はお土産を買い、宅急便で送った。熊谷さんは「絆」という文字を背中に染め抜いたTシャツを見つけ、早速身に着けて颯爽と宿へと向かった。今宵の宿は歌津崎である。

宿は岬の高台にあった。宿の駐車場はこの道路の右側1メートル下にあるが、津波はそこまで到達したのだと女将が話していました。長いこと避難所となっていて、宿として再スタートしたのは今年になってからなのだそうだ。今は復旧・復興をになう人たちが大勢泊まっている。或るグループは、気仙沼の焼却場建設の現場に通っており、九州から来ていると語っていました。私たちは温泉に浸かり、窓辺に寄って明日の計画を練った。昨年五月にボランティア活動をしたお寺への捧げものを何にするかについて悩んだ。幸い住職と連絡が取れ一時間ほどの時間を割いていただけるという。夕食は、趣が変わって海の幸と地酒だった。とりわけ、女将の顔が刷り込まれた湯飲み茶碗で飲むお茶は格別だった。写真の顔は確かに美人だったのだ。

 
 翌朝、海へ行ってみようと宿から歩き出すと、すぐ隣に小さな仮設住宅があった。酒焼けしたお爺さんが道路に出て立っていた。挨拶をしてその後何を話せばよいか困った。私は海へと向かった。
 

 空は重く、海は少ししけていた。浜へ下りてカメラを向けていると、仲間の姿が見えてほっとした。一人では怖かったのである。

 


大きな家。この家のお婆ちゃんだろうか、家の前に所在無げに足を投げ出していた。大津波は二階の窓を破った。

 新築されたあさひ幼稚園。サッカージャパン代表の長谷部選手ゆかりのあの幼稚園である。訪ねた日は消防の検査中で中を覗くことは叶わなかった。しかし、巨大な杉の柱が何本も使われている豪壮なものであることは下から見ても十分偲ぶことができた。昨年五月にボランティア活動で来たときに、志津川の浜近くで杉の巨木が横たわっていた。杉は引き波によって遥か上流から流されてきて道路を塞いでいたのである。年輪に刻まれた傷を数えると過去の大津波の記録とピタリと一致していたことに改めて驚いたものである。その記録は当HPに詳しいが、津波で傷めつけられた大雄寺(だいおうじ)の杉並木はあらかた立ち枯れてしまった。が、未曾有の大津波を長く後世に語り継ぐために、その巨木を使ってこの幼稚園は建てられたのである。場所は、この町の復旧の拠点となったベイサイドアリーナの近くで、再生する町並みのシンボルともなるものだという。

 懐かしの西光寺仮本堂(歌津地区)。再会したご住職は温かく迎えてくれました。昨年、ボランティアでお手伝いをしたときには、流された本堂が右遠方にあり、手前の境内や駐車場は瓦礫にあふれていたものでした。この仮本堂は、あの大津波の僅か二ヶ月後に建築されたと言われるが、まずその速さに驚く。アメリカの慈善団体フリーメースンの寄進によるという。白覆面のあの団体である。

 仮本堂が完成し、いざ記念撮影という時になって、団体の代表は撮影を拒んだと言う。住職は説得を試みたが、ならば覆面を被ると主張。しかし、住職は熱意と心を説き、ついに代表は住職の意見を入れて覆面を取り写真に納まることに同意したと言う。国外では初めてという事件に報道機関も大勢取材に押しかけたといいます。中央が住職。

 津波到達地点に植樹された桜。この支援には当会の元木さんが関わった。

 大津波はこの緑のフェンスの半ばくらいまで押し寄せた。住職はみぞれ混じりの中を、お年寄りを乗せた車椅子を懸命に押してこの坂を登り難を逃れていったのだと思い返していました。

 われわれが掘り出したお地蔵さまが夏の日差しを浴びていました。この台座の上には新しい観音さまが立っておられました。

 志津川の町へ。防災対策庁舎前には献花が絶えることなく、私たちもまた深く合掌しました。この庁舎の屋上で、三十数名の命が波もろともに消え去ったのです。

 町立志津川病院はあらかた壊されていました。ここでは五十数名の命が浚われたのです。

ここに 志津川の町はあった。

 海沿いの集積場は巨大な山となり、昨年の数倍の規模となっていました。

 


津波のすさまじさにあらためて震える。

 志津川の復興市場。手前はイベント広場。小さな町と言ってよいほどの規模だ。私たちは一軒の店に入り、海鮮の昼食をとった。カウンターには「南三陸復興の酒」と大書したラベルの一升瓶が鎮座していた。気になって聞いてみると、そこの酒屋で売っているよというので、酒屋に入った。ご婦人がレジの前で「いらっしゃいませ」と迎えてくれた。酒を宅急便で送りたいのだがと聞くと「大丈夫です」と快く紙を出してくれた。目の前で住所を書いていると「アラ、横浜の…さん?じゃあ、あの時のお兄さんですか?」と叫ぶ。そこにもう一人店のご婦人がやって来て大騒ぎとなった。「あの時は、早々と駆けつけていただいて…」と涙ながらに感謝されるのだった。われわれも感激して涙ぐんだ。帰りには地元名産のお土産までいただいた。私はまさか、知人にここで会おうとは思いもしなかった…帰り道、どうか、どうか、元気を出してください、と祈らずにいられなかった。(熊谷氏撮影)

 

  7月21日

 7月21日 8時15分 くりこま荘 ⇒ 8時30 イワカガミ平駐車場8:38分 → 9:25稜線9:40 → 10:10栗駒山 昼食11:30 → 12:30東栗駒山12:40 → 13:50レストハウス → 14:00イワカガミ平駐車場(荻野さん記録)

 長い記事にお付き合いいただきありがとうございます。また、熊谷会長に「はじめに」の言葉を寄せていただき感謝申し上げます。

 

 



 

山話会にてミニ講座を開催

8月8日(水)八王子市民センターにて定例集会(山話会)があり、本日の講座は「山の会ブログへの投稿の仕方」

講師はブログ管理人の佐藤氏だ。

  ブログの現状、入力の方法など30分にわたり詳しく説明がありました。会員の多くの人が山行報告、メッセージが自由に発信できるように、そして

より多くの良い山岳情報が市民に発信できるようになればいいと思っています。

山の会では毎月第2、第4水曜日に定例山話会を開催、

山行報告、山行計画、山岳情報や会長のお知らせのほか

山行の報告映写、事故防止、装備情報、自然や体力づくりの話など幅広くミニ講座を

行っています。関心のある方は是非のぞいてみてください。

初心者歓迎です。

 

 

8月26日(日)山荘で行われる会行事「暑気払い・バーべキュー」には会友を含め30数名の多くの会員が集い賑やかに実施します。

生ビール、美味しい肉をたっぷり用意して皆さんのご参加をお待ちしています。まだ参加申し込みをされていない会員は担当の山下副会長に

申し込んでください。夏山本番です、無理をせず天候の不安定には十分に注意して行動してください。      会長  熊谷 博