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山の会OB会、利尻、礼文島に遊ぶ

 7月14日~17日、昨年30周年記念として企画したが大震災の関係で蔵王山慰霊登山とし、今年度実施となった。

30数年前、現役を退いた気の合う会員に一人ひとり呼びかけ年に一度日本中の山と温泉を楽しんでいます。

青春時代、同じ釜の飯を食べ、風雪の中で戦った仲間、ザイルを結んだ仲間は忘れられないものがあります。

行き掛り上私は世話人マネージャー役を務め30数年になります。

 

 羽田フライト9時5分、好天の稚内に到着です。

 羽田フライト1番機で11時10分稚内着、早速手配済のレンタカー

にて宗谷岬、ノシャップ岬に立ち寄り、楽しみの昼食は「樺太食堂」にて

豪華に3000円の3色うにどんぶりだ。

 

 稚内港よりフェリーにて宿の出迎えを受けるが利尻岳の美しさに思わず・・。

明日の好天を約束してくれました。

 15日早朝、宿に登山口まで送っていただきました。すでに40人以上がいる中

4時10分身支度を整いて出発

 6合目、順調に足を進めるまだまだ先は長いが気温が低いため汗をかかず登りやすい。

17^18度ぐらいだろうか

 山頂もまもなくだ。メンバーの娘さん、本格的な登山ははじめて、今日のために

用具一式をそろいたとのこと。なかなか似合う。

 土がもろく不安定な最後ののぼりだ。ぞくぞくと登山者が来る

 順調に山頂着、九時四〇分、ローソク岩、奇岩だ

山頂はいっぱい。最高の展望だ

 登山者らしからぬ恰好の仲間がいるが三〇数年前の当会の岩登り、冬山合宿のリーダーだ。

当時まだ一般的でなかった剣岳三の窓、八つ峰などを共に歩いた仲間だ。

初心者、年に1回の登山、ピースメーカー装着者などいるがみんなで山頂まで来れてとてもうれしい

 下山は登りの人に道を譲りながら下るが慎重に、振り返ると渋滞だ

 メンバーの一人が足を痛めたため、3人で10分交代1時間30分、ようやく下山だ。

毎年11月実施の訓練の大切さをあらためて感じた。

夕食はうに、いくらを中心とした海の幸を美味しくいただいた。メンバーとの語らいが

こんな時一番幸せだ。なにしろもう40年のつき合いで兄弟以上だ

 16日、私たち5人は礼文岳、3名は桃岩周辺ハイキング、こちらは「北のカナリア」の

映画撮影で吉永小百合、柴田恭平らを見たとのこと、柴田恭平は帰りの船で一緒だった。

礼文岳へはゆったりとした登りで笹、ダケカンバが続く

 山頂はまもなくだ。登山者は少なく10人ほどだ
 バックは昨日登った利尻岳。来てからずっとこのような好天だ
 17日、宿前のうみにてコンブ漁を見ることができた
 礼文島とのお別れ、このような光景をみるのは久しぶりだ

 最上階の1等ラウンジにて乗船、優雅にゆったり、まったりと船旅を楽しみ

稚内着

 メンバーもみんな満足

費用―飛行機70000 民宿3泊35000 フェリー8500

 レンタカー2000 昼食他9000 保険1500  合計125000

毎年山と温泉を訪ね、他新年顔合わせや仲間に何かあれば

すぐちからになり集まってくれる。気の合う仲間だけに信頼に

結ばれており本当に楽しい仲間たちだ。

17名、これからも続けていきたいと思っている。

         会長  熊谷 博

 

 

タクシーにて 稚内市内見学後料理屋にて海の料理をごちそうになり、今回の

楽しい思い出を語ります。再会を約束して・・・・。

山荘整備を実施しました

 7月1日(日)20人の参加者を得て、裏高尾にある新八王子山の会・八王子山の会の山荘整備を実施しました。

事前に下見をし修繕資材を準備、当日午前8時山荘集合、役割分担、内容説明後早速取り掛かりました。

 

※尚、当日撮ったデジカメ操作の手違いで(・・MBー写真の大きさらしい) 夕方早速アップしようとしましたが、写真のファイルサイズが大き過ぎたらしくとうとうできず佐藤管理者に相談、早速対応していただき2日遅れのアップになってしまいました(2日間早起きしようやくできました)。

池の水は澱んでいました。上部取水口周辺は大雨などですぐに詰まってしまう。当然ながら、水は流れていないと汚れる。過日の台風などで枝がたくさん散乱していました。

裏口だが一番出入りがあるところ。何度かこじ開けられているが修理のあともちょっとみじめだ。

屋根も傷んでいる。

水場の屋根だ。傷んでいるなんて言うものではない。
水場もこのとおり、流し台もあぶなっかしい。
草木が生い茂る時期だ。前日に宮崎氏が草刈り機にて大きいものだけを刈っていただいた。

各班に分け段取りを説明後早速開始、10時のお茶タイム。

団欒も楽しいがみんなはやる気満々!!

 鉄骨に穴をあけ木材を止め、ポリカーボネートを止めます

井上氏も参戦!

 キッチンの不用品も少しずつ処理、廃棄しました。

 見る見るうちに…というわけにはいきませんが、だんだん形になっていきます。

見ているだけではありません、見守っているんです。手も貸しています。

 山荘母屋周辺は特に念入りに草取りです。

 最後は屋根のごみを清掃、外壁の汚れ洗い落としです。

女性群の活躍!

 さあ!見てください!

ビフォーアフター あの音楽が聞こえてきます ~

水は三箇所でたっぷり~、 ステンレス調理台を組み直し、しっかりと固定~

屋根は明るくクリアです~。周辺の草木はもちろん排水の流れも完備~

裏の出入り口ですがもうこれは玄関です!~

 池の底を洗い。透明な水が流れ込んでいます。すっかり綺麗になりました。

 無垢材なので丈夫です。  こじ開ける?   無理無理無理!

※当社にあった中古ドアですが手先にメラミンを張りより強固にし改造、

提供しました。

 高尾山からの登山者も気持ちよく見ていただけると思います

小屋周辺もすっかりきれいになりました。    参加者のこころと共に?

 当日参加者の面々、貴重な時間と労働に感謝いたします。

8月の「暑気払い・バーベキュー」には大いに上質の焼肉と生ビール

慰労会をしましょう。

それぞれの夏山は十分に気を付けて楽しまれることを願っています。

 

 当会としては年に一度、8月下旬に決まって「暑気払い、バーベキュー大会」を全員参加で実施している。  山荘整備、装備点検、機器の使用体験、山話会などフルスケジュールタイムだが山荘がなければできないし、会員は原則いつでも使用可能だ。今後もっと使っていただきたい。創立者の建設時会長だった城所氏は山荘建設に関わるさまざまな苦難を会員説得にあたりながら強い信念のもと、「山荘建設は山の会建設そのものである!」であると説き、強い指導力のもと完成させたものである。昭和39年9月13日完成、建設費702882円、会員延べ作業人数310名、専門職人14名、当時の月給料は20000~30000円ぐらいだろうか、今の金額で500万円以上だろう。私は入会3年目から役員を仰せつかりそれらの話をたくさん聞かせていただいた。その後15周年で約25万円、20周年で164万円の浄財と多くの会員作業によって現在がある。今は時代の流れと共に会員の会帰属意識も昔のようにはいかないが山の会活動とは言うまでもないがこれらの活動を含め、市民登山や岳連協力、関する集会すべてをもっていうのです。そのことを忘れてはいけないし、言ってみれば山の会の伝統であり守っていかなければならないことなのです。40年以上八王子はもちろん他の山岳会もたくさん見てきて、浮き沈みが激しい山岳会ではあるが「新八王子山の会」、「八王子山の会」共に20数年前の停滞期を除いてはある一定の変わらね会員を抱え、活動ができていることはそこに「山の会の創立理念」が生きていることに他ならないのです。山の会だから山にさえいければよいなどというのは正に愚の骨頂である。山の会には法人格がないため創立者の遠藤氏が高尾山と契約者になっている。将来のことは予測が難しいがなるべく長く大切に使っていければと思っています。         会長 熊谷 博